他校の先生と話していると、
「中学の時は速かったんだけどな」
「あんまり伸びなかったんだよな」
という話を聞くことがある。
もちろん悪気があって言っているわけではない。
指導は難しい。
私だって毎年悩んでいる。
それでも、その言葉を聞く度に少しモヤモヤする。
私は高校生に対して、
「伸びなかった選手」
という言葉を使いたくないのである。
本当にその選手に合う方法を探しただろうか
私は指導者になってから、
「この選手にはこのアプローチが合っていたんだな」
と思うことが何度もあった。
同じ練習をしても伸びる選手と伸びない選手がいる。
同じ言葉を掛けても伝わる選手と伝わらない選手がいる。
だから私は、
選手が伸びないことよりも、
本当にその選手に合う方法を探したのだろうか
という方が気になる。
もちろん万能な指導法など存在しない。
私にも分からないことはたくさんある。
それでも、
「伸びなかった」
という言葉を使う前に、
まだ試していない方法はなかっただろうかと考えてしまう。
私にも引き出しが足りなかった経験がある
私はこれまで、
伸びなかったと思う選手はいない。
タイムが伸びなかった選手はいる。
しかし、
考える力が伸びた選手はいる。
自分を見る力が伸びた選手はいる。
問題を整理する力が伸びた選手はいる。
だから私は、
簡単に「伸びなかった」とは言えない。
ただ、
私自身に引き出しが足りなかったと思うことはある。
ある選手は、とても真面目だった。
練習もする。
考える。
メモも書く。
質問もする。
競技と真剣に向き合っていた。
だからこそ思う。
もっと早く整理する習慣を身につけさせるべきだったのではないか。
もっと別のアプローチがあったのではないか。
そう考えることがある。
選手が悪いのではない。
私にその選手を引き上げるための引き出しが足りなかったのかもしれないのである。
質問は指導者の不足を教えてくれる
私は質問してくる選手が好きだ。
自分で考えようとしているからである。
しかし実は、
質問される度に別のことも考えている。
私の標準指導では足りなかったのだろうか。
もっと違う伝え方があったのではないか。
その選手に合う説明は何だろうか。
質問は嬉しい。
でも同時に、
指導者側の課題も教えてくれる。
だから私は質問を歓迎する。
選手の成長のためでもあるし、
私自身が成長するためでもあるからだ。
頑張っている選手をブーストするのが指導者の仕事だと思う
もちろん、
全てを指導者の責任にするつもりはない。
競技と向き合わない選手もいる。
考えようとしない選手もいる。
そういう場合は話が違う。
ただ、
頑張っている選手に対しては違う。
考えている。
悩んでいる。
向き合っている。
そんな選手を少しでも前へ進める。
私はそれが指導者の仕事だと思っている。
だから、
頑張っている選手が思うように伸びなかった時、
私はまず自分に問い掛ける。
本当にその選手に合う方法を探したのか、と。
「もっと時間がほしかったな」と言うと思う
もし将来、
思うような結果を残せなかった選手がいたとする。
その時、私は謝らないと思う。
謝ったら、
その選手が責任を感じてしまうからだ。
たぶん私は、
「もっと時間がほしかったな」
と言う。
まだ試したいことがあった。
まだ伝えたいことがあった。
まだその選手に合う方法を探したかった。
そう思うからだ。
だから私は、
高校生に対して簡単に
「伸びなかった選手」
という言葉を使いたくない。
高校生は完成品ではない。
まだ成長の途中である。
そして私自身も、
まだ指導者として成長の途中なのだから。
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