はじめに
指導者をしていると、
「速い選手は最初から速かったのでしょう?」
と言われることがあります。
確かに中学生の頃から全国レベルで活躍している選手もいます。
しかし、私がこれまで指導してきた中には、決してそうではない選手もいました。
今回紹介する選手は、中学時代は無名。
高校入学後も短距離専門というよりは400m寄りの選手でした。
それでも最終的には100m10秒87、200m22秒43まで記録を伸ばし、大学から推薦を受けて競技を継続しています。
今回は、その選手がどのように成長したのかを書いてみたいと思います。
入学当初は特別な選手ではなかった
高校1年春の100mベストは12秒12でした。
身長は173cmほど、体重は65kg前後。
飛び抜けた実績があったわけではなく、中学時代も特に目立った成績を残していた選手ではありませんでした。
高校1年時には11秒35まで記録を伸ばしましたが、この頃の私はまだ指導に関わっていません。
当時は走り込み中心の練習が多かったと聞いています。
もちろん、その期間の努力が土台になったことは間違いありません。
ただ、この時点では県内でも特別注目される選手ではありませんでした。
私が指導を始めたのは高校2年から
私が部活動指導員として関わり始めたのは高校2年からでした。
100mのベストは11秒35。
決して遅い選手ではありませんが、10秒台を狙うにはまだ大きな壁があります。
初めて走りを見た時に感じたのは、
「まだ伸びる余地が大きい」
ということでした。
筋力や体力というよりも、動きそのものに改善の余地があるように感じました。
そこで私が取り組んだのは、技術面の修正です。
接地を変えたのではなく、特徴を活かした
短距離指導では、
「接地を変える」
という表現がよく使われます。
しかし、この選手の場合は少し違いました。
一般的には、止まった状態から加重する際にはフラットに近い接地の方が安定しやすいと考えられています。
ところが、この選手は足首が非常に硬いタイプでした。
一見すると欠点のように思われるかもしれません。
しかし私はそうは考えませんでした。
足首の剛性が高いため、一般的な選手であれば不安定になるようなフォアフット寄りの接地でも十分に加重できる能力を持っていたのです。
そのため、無理に接地感を変える指導は行いませんでした。
欠点を修正するのではなく、その選手が持っている特徴を活かす方向で考えました。
スタートで頑張らせなかった
高校生の短距離選手は、スタートで頑張ろうとする選手が非常に多いように感じます。
強く押そう。
力を入れよう。
前に出よう。
そう考える選手は少なくありません。
しかし私は、
「斜面をボールが転がるような感覚」
を伝えていました。
自分で無理に動かすのではなく、不安定さを作り続けることで自然に前へ進んでいく。
そんなイメージです。
これは力を抜くためというよりも、レース後半まで力を温存するためです。
スタートから全力で力を使い切るのではなく、必要以上の力みを抑えながら加速することで、後半にも余力を残すことができます。
特にこの選手は後半型だったため、その特徴を活かす意味でも重要な考え方でした。
起き上がり後の再加速
私が特に重視していたのが、起き上がり後の再加速です。
スタートから加速する選手は多くいます。
しかし、身体が起きた瞬間に加速が終わってしまう選手も少なくありません。
私は、
「起き上がってからが本当の勝負」
だと考えています。
この選手も元々は後半型でした。
だからこそ、起き上がった後にもう一段階スピードを上げる感覚を身につけることを重視しました。
結果として後半の強さがさらに伸び、この選手らしいレースができるようになっていきました。
ドリル祭と呼ばれていた練習
私たちのチームは走行距離が多いチームではありません。
地区内の強豪校と比較すれば、おそらく3分の1程度だと思います。
その代わり、技術練習には多くの時間を使います。
特に頻繁に行っていたのが、
・ミニハードルドリル
・マークドリル
・ハードルドリル
です。
学校では半分冗談で
「ドリル祭」
と呼ばれていました。
ただ動きを真似するだけではなく、
なぜその動きが必要なのか。
何を感じるべきなのか。
そこまで考えて取り組むことを大切にしていました。
また、練習中はマネージャーに動画を撮影してもらい、選手自身がその場で動きを確認するようにしていました。
自分で修正点を見つける。
分からなければ私に聞く。
そして再び試してみる。
その繰り返しです。
もちろん私も必要に応じて練習を止め、修正点や改善方法を伝えます。
しかし最終的には選手自身が自分の動きを理解し、修正できるようになることを目指していました。
一番の理由は本人の姿勢
ここまで読むと、
特別な練習メニューがあったように見えるかもしれません。
しかし、私は一番大きかったのは本人の姿勢だと思っています。
この学年は全体的に練習熱心な選手が多かったのですが、その中でも特に自主的に取り組んでいました。
指導日ではない日も、自分でドリルを反復していました。
動きを覚えようとする姿勢。
自分で考えようとする姿勢。
それが成長につながったのだと思います。
心残りと忘れられないレース
高校3年時には自転車での怪我もありました。
本来狙っていた記録には届かなかった部分もあります。
指導者としては、もし万全の状態でシーズンを過ごせていたらどうなっていただろうと思うこともあります。
一方で、忘れられない思い出もあります。
県選手権では、私自身とこの選手が同じ準決勝を走る機会がありました。
教え子と同じレースに立つという経験はなかなかありません。
指導者としても選手としても競技を続けてきたからこそ味わえた、私にとって特別なレースでした。
大学でも競技を続けることを選んだ
高校卒業後、この選手は大学から推薦を受けて進学しました。
高校3年時に走りを見てもらった監督から、将来的な伸びしろを評価していただいたそうです。
私自身、10秒台を達成したこともうれしかったですが、それ以上に競技を続ける選択をしてくれたことがうれしかったです。
私は普段から、
「高校で完成させない」
という考え方を大切にしています。
競技人生は高校で終わるわけではありません。
大学や社会人になってから大きく伸びる選手もいます。
今回の選手にも、さらに成長してほしいと思っています。
まとめ
この選手は中学時代に特別な実績があったわけではありません。
高校入学時の100mベストは12秒12。
そこから11秒35、そして10秒87まで成長しました。
私が行ったのは、欠点を無理に修正することではありません。
選手が持っている特徴を理解し、それを活かす方法を一緒に考えることでした。
そして何より、本人が自ら考え、継続して努力したことが大きな成長につながったのだと思います。
今後もこうした選手たちと向き合いながら、高校で完成させない選手育成を続けていきたいと思います。
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