私は高校短距離選手の指導をしています。
指導を始めた頃の私は、とにかく教えることが仕事だと思っていました。
フォーム。
スタート。
加速。
接地。
気付いたことがあれば伝える。
良かれと思ってたくさん話していました。
実際、当時の私は選手としても競技を続けていました。
走って見せることもできました。
感覚を伝えることもできました。
だからこそ、
「教えること」が指導だと思っていたのです。
しかし指導を続ける中で、少しずつ考え方が変わっていきました。
教えた選手より、自分で考えた選手が伸びていた
選手は答えを聞けば理解できます。
なるほどと思います。
しかし、それだけでは変わりません。
実際に練習の中で試し、
確認し、
修正し、
また試す。
その過程があって初めて成長につながります。
私は以前、
「考える選手は伸びる」
と思っていました。
しかし今は少し違います。
正しくは、
「確認と修正ができる選手は伸びる」
です。
答えを知っていることと、
できることは違います。
だから私は、答えそのものよりも、
答えに辿り着く過程を大切にしています。
私が走れなくなったらどうするのだろう
指導を始めた頃は、自分が走って見せることも多くありました。
それで上手くいくこともありました。
しかしある時から思うようになりました。
「私が走れなくなったらどうするのだろう」と。
指導者がいる時だけ成長できるチーム。
指導者が答えを持っている前提の選手。
それではいつか限界が来ます。
私は週に何日かしか指導できません。
高校を卒業すれば毎日会うこともできません。
だからこそ、
私がいなくても考えられる選手。
私がいなくても修正できる選手。
そんな選手を育てたいと思うようになりました。
指導者が答えを言い続けるとどうなるか
指導者が常に答えを持っている状態。
一見すると良い指導に見えます。
しかしその状態では、
選手は困った時に自分で考えなくなります。
指導者が来るまで待つ。
指導者がいないと止まる。
自分で判断できない。
そんな状態になってしまいます。
私はそれを望んでいません。
私が作りたいのは自走する選手
理想は、
私がいなくても練習が進むことです。
もちろん指導者は必要です。
しかし、
指導者がいなければ何もできない状態ではなく、
自分で確認し、
自分で修正し、
必要な時だけ相談できる状態を目指しています。
最近、選手たちの練習メモを見る機会がありました。
そこには、
「できなかったこと」
だけではなく、
「なぜできなかったのか」
「次はどうするのか」
まで書かれていました。
私はその内容が嬉しかったのです。
タイムが良かったからではありません。
自分で考えていたからです。
私が答えを教えなくても、
選手自身が確認し、
修正しようとしている。
その姿に成長を感じました。
陸上だけの話ではない
私は選手たちに速くなってほしいと思っています。
しかし、それだけではありません。
高校卒業後も競技を続ける選手。
自分で課題を見つけられる選手。
誰かに言われなくても改善できる選手。
そして陸上だけではなく、
仕事や人生の中でも自分で考えられる人。
そんな人が増えてくれたら嬉しいと思っています。
高校時代のタイムは人生の一部です。
しかし、
考える力や改善する力は、
卒業後もずっと使うことができます。
だから私は、
陸上を通してそうした力も身につけてほしいと思っています。
最後に
私は答えを知らないわけではありません。
教えることが嫌いなわけでもありません。
私は放任主義でもありません。
必要なら答えも伝えます。
必要なら考え方も教えます。
ただ、
最初に考える機会だけは奪いたくないのです。
答えを渡すことより、
答えに辿り着ける選手を育てたい。
それが今の私の指導方針です。
そしてそれは、
高校卒業後も自分で成長し続けられる人を育てたいという願いでもあります。
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