卒業生はなぜ帰ってくるのだろう
私のチームには卒業生がよく顔を出します。
競技を続けている選手もいます。
続けていない選手もいます。
試合の日に来ることもあります。
練習に混ざることもあります。
後輩と話をしたり、近況を報告したりしています。
正直なところ、私はずっと不思議でした。
なぜ卒業したのに帰ってくるのだろう。
最初は結果が理由だと思っていた
最初は単純に考えていました。
記録が伸びたから。
良い結果が出たから。
楽しかったから。
しかし、よく考えると違う気がします。
東北大会へ行った選手だけが来るわけではありません。
競技を続けている選手だけが来るわけでもありません。
むしろ競技を辞めた選手も来ます。
一番よく顔を出す卒業生の一人は、競技を続けていません。
それでも試合の日になると来ています。
卒業生が話すのは結果ではない
卒業生と話していると面白いことがあります。
大会結果の話よりも、練習の話をすることが多いのです。
「あの練習やばかったですよね」
「あのドリル覚えてますか」
「よくあれやりましたよね」
そんな話ばかりです。
何秒で走ったとか、
何位だったとか、
そういう話は意外と少ない気がします。
思い出しているのは結果ではなく過程です。
私自身も同じだった
考えてみると、私も同じでした。
今でも高校時代の仲間と集まります。
一学年上から二学年下まで、四世代で今でも交流があります。
高校時代を思い出す時も、
まず大会結果が出てくるわけではありません。
喉が血の味になった練習。
夏の青い空。
合宿。
大会の移動。
部活終わりの時間。
夏休みのBBQ。
そういった日常を思い出します。
もちろん大会の悔しさも覚えています。
県インターハイ100m準決勝で敗退したことも鮮明に覚えています。
しかし振り返ると、一番記憶に残っているのは結果ではなく、その過程でした。
青春だったから帰ってくるのだろうか
最初はそう思いました。
確かに青春だったと思います。
しかし、それだけでは説明できない気もしました。
楽しかっただけなら、
ここまで長く関係が続くのでしょうか。
一緒に頑張ったからかもしれない
そう考えた時に思い当たることがありました。
卒業生たちは、
ただ同じ部活に所属していたわけではありません。
同じ方向を向いて頑張っていました。
速くなろうとしていました。
勝とうとしていました。
悩んでいました。
考えていました。
一緒に練習していました。
だから今でも、
思い出話の中心は練習なのかもしれません。
でも、それだけではない気がする
最近はもう一つの考え方をするようになりました。
それは、
卒業生たちはチームを消費していたのではなく、作っていたのではないかということです。
例えば初年度の卒業生たちは、
今のような文化が完成する前の時代を知っています。
練習メモの文化もありませんでした。
今のような技術重視の考え方も、まだ途中でした。
何が正しいのか分からない。
何をやれば速くなるのか分からない。
そんな状態からスタートしています。
その中で、
一緒に考え、
一緒に試し、
一緒に失敗し、
少しずつ形になっていきました。
最初に文化を作った選手たち
ある卒業生は、最初にドリルを覚えた選手でした。
またある世代は、技術に没頭した世代でした。
今振り返ると、
彼らは文化が出来上がった場所で活動していたのではなく、
文化が出来上がる過程にいたのだと思います。
だから愛着があるのかもしれません。
ただ所属していたのではなく、
自分たちもその一部だったからです。
帰ってくる理由は本人にしか分からない
もちろん、これは私の勝手な仮説です。
本当の理由は卒業生本人に聞かなければ分かりません。
もし聞いたら、
「来ちゃダメなんですか?」
と言われるかもしれません。
それでも私は思います。
卒業生が帰ってくるのは、
結果を残したからではなく、
一緒に頑張ったからでもなく、
一緒にチームを作ったからなのかもしれません。
最後に
卒業生が帰ってくる理由は人それぞれだと思います。
競技が好きだったからかもしれません。
仲間に会いたいからかもしれません。
後輩が気になるからかもしれません。
ただ、共通していることが一つあります。
それは、
同じ方向を向いて本気で取り組んだ時間があったことです。
そして、その時間の中でチームが作られていったことです。
もし私の仮説が正しいなら、
卒業生が帰ってくることは、
そのチームが良かった証拠ではなく、
そのチームを一緒に作った証なのかもしれません。
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