指導者をやっていると、
「才能は関係ない」
という言葉を聞くことがあります。
気持ちは分かります。
努力は大切です。
考えることも大切です。
しかし私は正直に言うと、才能には価値があると思っています。
むしろ好きです。
指導者にとって才能はロマンだからです。
私が才能を感じる瞬間
私が才能を感じるのは、
一般的に良いとされているものを、他の選手よりも明らかに持っている選手を見た時です。
それは足の速さかもしれません。
跳躍力かもしれません。
身体能力かもしれません。
考える力かもしれません。
何でも構いません。
とにかく、
「この子は何か持っているな」
と思う瞬間があります。
そういう選手を見ると、
私はワクワクします。
才能のある選手はそばで見ていたい
才能のある選手を見ると、
育てたいという気持ちもあります。
しかしそれ以上に、
「この子はどこまで行くんだろう」
と思います。
私は才能のある選手を見つけると、そばで見ていたくなります。
今後どう成長するのか。
どんな壁にぶつかるのか。
どこまで記録を伸ばすのか。
その過程を見ていたくなるのです。
だから才能はロマンです。
でも才能だけでは記憶に残らない
ただ、ここが面白いところです。
私は才能がある選手に価値を感じます。
しかし、最後まで記憶に残るのは必ずしも才能のある選手ではありません。
むしろ印象に残るのは、
予想以上に伸びた選手です。
例えば、
最初から速かった選手より、
13秒台だった選手が11秒台になった時の方が印象に残ることがあります。
なぜなら、そこには成長の物語があるからです。
私がもったいないと思う選手
だから私は、
フィジカルを持て余して考えない選手を見るともったいないと思います。
才能がある。
可能性がある。
それなのに考えない。
改善しない。
そうすると、本来見られたかもしれない成長の物語が消えてしまいます。
私はそれが惜しいのです。
速くならないことが惜しいのではありません。
可能性を使い切らないことが惜しいのです。
思考は可能性を広げる
私は選手に考えてほしいと思っています。
それは考えること自体に価値があるからではありません。
考えることで改善できるからです。
改善できれば成長できます。
成長できれば可能性が広がります。
だから私は練習メモを書かせます。
動画を見せます。
試合後に話を聞きます。
全部、成長の可能性を広げるためです。
指導者が本当に見たいもの
私は才能が好きです。
才能にはロマンがあります。
しかし、指導者として本当に見たいのは才能そのものではありません。
その才能がどう成長していくのかです。
あるいは、
才能が普通だった選手がどこまで成長するのかです。
結局のところ、私が見たいのは成長の物語なのだと思います。
だから私は今日も選手を見ています。
その選手がどこまで行くのか。
その続きを見たくて仕方がないからです。
関連記事






コメント