私はこれまで、多くの選手を指導してきました。
その中でずっと不思議だったことがあります。
同じ練習をしているのに、なぜか成長速度が違うのです。
同じメニュー。
同じ指導。
同じ環境。
それなのに、どんどん伸びる選手もいれば、なかなか伸びない選手もいる。
私は以前、その差を才能の差だと思っていました。
しかし指導を続ける中で、少しずつ違うことに気付き始めました。
私は「考える選手が伸びる」と思っていた
昔の私は、
「考える選手が伸びる」
と思っていました。
実際、自分で考えながら練習する選手は伸びることが多かったからです。
しかし、指導を続ける中で違和感を覚えるようになりました。
考えているのに伸びない選手がいたのです。
動画を見ている。
話も聞いている。
自分なりに考えている。
それでもなかなか成長しない。
一方で、どんどん成長していく選手もいました。
この差は何なのだろう。
そう考えるようになりました。
違いは課題発見ではありませんでした
伸びない選手も、課題を見つけることはできます。
動画を見れば、
「接地が悪い」
「スタートが良くない」
くらいは分かります。
しかし、その先がありません。
課題を見つける。
そこで終わってしまうのです。
一方、伸びる選手は違います。
課題を見つけた後、
「ではどう改善するのか」
を考えます。
さらに、
「次の練習で何を試すのか」
まで考えます。
そして実際に試します。
結果を確認します。
また改善します。
私は次第に、
成長速度の差は課題発見能力ではなく、改善能力の差なのではないかと思うようになりました。
変化は思わぬところから始まりました
ある跳躍種目の選手がいました。
当時、動画やメモによる振り返りは主に短距離で行われており、その選手は、
「こういうことは短距離だからやっているもの」
と思っていたようでした。
そこで私は、
「その種目の専門家ではないけれど、素人視点でも良いなら見るよ」
と伝えました。
特別な指導ではありません。
ただの一言です。
すると、その選手は少しずつ自分の考えを書き始めました。
動画を見る。
課題を書く。
改善案を書く。
試してみる。
また確認する。
最初は小さな取り組みでした。
しかし、その内容は少しずつ深くなっていきました。
やがて試合中にもメモを取り、自分の競技を分析し、次の試技へ修正を加えるようになりました。
私はそこで初めて気付きました。
伸びる選手は、練習中だけ陸上をやっているわけではないのだと。
成長速度の差は練習時間の差ではない
私は最近、成長速度の差は練習時間の差ではないと思っています。
同じ2時間の練習をしていても、成長速度は違います。
その差は、練習が終わった後に生まれています。
動画を見返す。
他の選手の練習を見る。
改善案を考える。
次の練習を想像する。
伸びる選手は、競技場にいない時間も陸上を続けています。
逆に伸び悩む選手は、
練習が終わる。
帰宅する。
そこで陸上も終わります。
メモを書くこともほとんどない。
動画を見ることもない。
次の練習について考えることもない。
翌日の練習時間は同じです。
しかし、その間の時間の使い方が違うのです。
気付けば改善活動文化になっていた
私は最初から改善活動文化を作ろうと思っていたわけではありません。
むしろ、そんなことは考えてもいませんでした。
ただ選手たちが、
動画を見る。
課題を書く。
改善案を考える。
試してみる。
再確認する。
という流れを繰り返していました。
すると次第に、その姿を見た他の選手も同じことを始めるようになりました。
気付けば、
試合後に動画を確認する。
自分の言葉で課題を書く。
改善案を考える。
ということが当たり前になっていました。
最近では、その様子を見た他校の選手が驚くこともあります。
しかし私は特別なことをした感覚がありません。
改善活動を続けた結果として、自然に生まれた文化なのだと思っています。
まとめ
私は以前、成長速度の差は才能の差だと思っていました。
しかし指導を続ける中で、そうではないことに気付きました。
同じ練習をしていても伸びる選手がいる。
その違いは、競技場にいる時間ではありませんでした。
練習が終わった後も陸上に触れ続け、自分で改善を繰り返しているかどうか。
成長速度の差は、練習時間の差ではなく、改善活動の差だったのです。
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